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教育改革とは?

共通テスト騒動も一段落した今日この頃ですが…共通一次試験が導入されたのが1979年、40年経った。
センター試験

1979年以前は田舎の高校生が東大や早慶を受けたい場合、誰の許可を得るのかと言うと、担任だった。

長年の教師経験からして、こいつが東大に受かるかどうか、全国規模の模試が無かった時代、教員の職人芸的な神の声によって、自分の受験校が決定されていた。

共通一次が導入された後は、マークシート試験と三大予備校のデータリサーチを用いて全国の大学は序列化されていった。

教師の永年の経験ではなく、コンピュータが弾き出した絶対的な神の声によって受験校が決定されるようになった。

それは、悪いことではなく、余りにも実力のかけ離れた志望校に強襲特攻するということが無くなった、という点では良いことだった。

国公立大学を受験するチャンスは事実上1回のみである。

その1枚のカードをギャンブルに使う馬鹿はそう多くはない。

三大予備校の全国規模化とコンピューターオンラインシステムによって私立大学も序列化されていった。

これも1校の受験料が3万5千円であることを考えれば、「身の丈にあった」受験をすることは何ら非難されることではない。

でも、それでいいのか?

合格判定E判定の者が早稲田、慶応に一発逆転のトライを決めることは無いのか?

そう、この40年間の大学入試改革は合理化を追求した結果、受験から夢やロマンを追放してしまったのである。

そして学歴社会である日本のサラリーマン社会の中で
「あいつ、どこの大学だよ。」
「○○の経済だよ!」
「じゃあ、仕事できなくても部長になれるわけだ。」

という様な、チマチマした日本型サラリーマン人種を産んだ。
内定式

マックス・ウェーバー曰く「徹底した合理性の追求は、人間性を排除する。」
マックスウェーバー

でもね~、どんな入試制度になっても日本人て所詮こんなチマチマした動物だよ。
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模試ってどうなん?

一浪して早慶に入った身からすると、あまり模試の成績を信じすぎるのもどうかと思ってしまいます。
模試と実際の入試問題は、往々にして形式や問われる内容が志望校によって大きく異なります。その点を考慮した上で模試の成績を評価しなければ、自身のその段階での実力と志望校との距離を適切に測ることはできないように思います。
その点では、志望校の過去問を解いてどの程度できたかの方が、よほど志望校に受かるという目的に対しては有効な指標だと思います。
私は浪人時代、模試の志望校の合格判定でC以上をとったことがありません。ほとんどDでした。しかし、過去問で安定して合格点を取れていたのでその点に関しての不安は少なかったと思います。
目的に対する手段を間違えないこと。なんでもそうですね。

Re: 模試ってどうなん?

まあ、そういう個人個人のケースはあるでしょう。ただ、僕が言いたいのはこの40年間で模試の判定のみで進路指導を行う様に高校教育は去勢されてしまった、ということを言いたいのですよ。日本の受験界200万人、今は100万人強ですが、そのマクロ的な視点で日本の大学入試制度、高校の進路指導の在り方、高校教員の能力の劣化、そういうことなんですけどね。ミクロのケースは確かに愛とロマンで逆転のトライを決めた人もいるでしょうが・・・