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「総合学習」に気をつけろ!

 もう一つ、その学校が行くに値するか否かのポイントとなるのが、「総合学習」の内容です。総合学習の定義ですがWikipediaによれば以下のようになります。
 日本の総合的な学習の時間(そうごうてきながくしゅうのじかん)は、児童、生徒が自発的に横断的・総合的な課題学習を行う時間である。学習指導要領が適用される学校のすべて(小学校、中学校、高等学校、中等教育学校、特別支援学校)で2000年(平成12年)から段階的に始められた。なお、総合的な学習の時間とは、教育課程においての時間種別を表す用語であり、各学校における総合的な学習の時間の名称は、各学校が独自に定めることになっている。この時間は、国際化や情報化をはじめとする社会の変化をふまえ、子供の自ら学び自ら考える力などの全人的な生きる力の育成をめざし、教科などの枠を越えた横断的・総合的な学習を行うために生まれ、ゆとり教育と密接な関連性を持っている。特徴としては、体験学習や問題解決学習の重視、学校・家庭・地域の連携を掲げていることである。内容としては、国際理解、情報、環境、福祉・健康などが学習指導要領で例示されている。一方でこの授業は基礎知識を軽視しているため、学力低下につながるとの批判もあり、現在は授業時数が削減されている。
私立公立を問わず一流校と言われる学校はこの総合学習の時間が充実しています。「卒業研究」と言う形で3年間あるテーマをグループで、クラスで、個人で探求していくのです。一流校の卒業研究は本当に高度な研究がされており、当然それを指導する教員のレベルも高いことになります。一方、受験少年院をはじめとする二流以下の高校では「総合学習」の時間は「長い休み時間」と化しています。こうした学校ではLHRの時間とくっつけて総合学習の時間をとり、全校集会、国体、インターハイ、甲子園予選激励会などの時間に充当させているため、卒業研究などをやることは時間的に無理であるという事情もあります。しかし、全ての総合学習の時間が集会に使われるわけではありませんので、担任の指導力を活かし、生徒の問題解決学習に資する授業を行えばよいのです。ところが、受験少年院ではそういうことができないのです。
 受験少年院は一学年500名前後の大規模校に多く、こうした学校では担任の総合学習を指導する能力に差がありすぎて、担任の裁量に一任するということができません。もし、そんなことをすれば、非常に国際問題に詳しい政治経済の教師と30年間部活指導に命を捧げてきた教師との間で総合学習のクラス間格差が生じ、保護者からクレームが来てしまうのです(個人的には国際問題に詳しい教員と、スポーツ一筋の教員にはそれぞれの教師経験の中から出てくるものにレベルとして差はないはずだと思いますが)。
 そこで受験少年院が考え出したのが、総合学習の教材を外部業者に一括発注する、というやり方です。本校ではベネッセの「進路ノート」というものを600名分発注し、教員にも「指導用マニュアル」を購入し、どこのクラスでも「総合学習」に差が出ない様にシステムを作ったのです。当然このやり方では生徒の自発的学習や課題解決能力などを養うことは不可能です。本校の生徒でも意識の高い生徒達には「こんなもんやって将来の職業像が見えるわけない!」と学校を侮蔑し始める契機となります。
 一流校の総合学習は大学入試の公募推薦入試やAO入試に役立つ事はもちろん、東大を頂点とする一流大学の論述問題、特に後期入試の論文入試に直結する力を醸成します。そして何より、彼らが大学に行ったとき、そして社会人になったとき、「総合学習」=「卒業研究」の一流校出身者と「総合学習」=「マニュアル学習」の二流校出身者の差は埋めがたい差となって現れるのです。
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公立トップ校と受験少年院の違いその2

やはり公立トップ校に上位で入っていく生徒は学力的にはもちろんですが、何よりも意識が高い場合が多いです。「ああ、これは早めにやらなければならないんだ」ということを教師の簡単なアドヴァイスですべて理解し、確認テストと言うような模範囚チェックテストをしなくても勝手に自分達で勉強していくのです。土浦一高や岡崎高校では英語の宿題は月に1冊か2冊のサイドリーダーが課され、その中から定期考査の問題が出題されます。授業で教えていないことが定期考査で出題されるのです。読書指導についても同様で、日本史の教員が「城山三郎の『男子の本懐』を読んでおけ。」と言うだけでその本の内容がどういう物か?何故読まなければならないか?と言うようなことを質問することなく、どんどん読んでいきます。私も現代社会の授業で同じく「城山三郎の『官僚たちの夏』を読んでおけ。」と言ったことがありますが、東大、一橋に進学した生徒達はすぐに購入し、読んでいました。
※『男子の本懐』は受験日本史最難関分野である昭和恐慌に対応する浜口雄幸、井上準之助の生涯について書かれており、井上財政と高橋財政に違いを理解するうえで大変コスパの高い小説です。『官僚たちの夏』については高度経済成長と日本の官僚制度について書かれたあまりにも有名な本です。
ここまで読んでお笑いになっている方もいるかと思います。司馬遼太郎や城山三郎の代表的な著作は社会科を学ぶ上で大変ためになるというよりも、読んでおかなければ一流大学の歴史・公民・小論文の入試を解くときの埋めがたいディスアドヴァンテージになってしまう、と言うようなことは受験の常識で私立中高一貫校では中学校段階で読んでいて当たり前、読んでいない奴はアホ!と言う雰囲気があります。他の作家を挙げれば山崎豊子や黒木亮、真山仁、橘玲といった作家の政治・経済小説を中学校段階で読んでいるから将来の職業選択がぶれなくて済むということになります。また中学校段階でこうした小説を読んでおくと高校段階で岩波新書・中公新書などに抵抗なく入っていくことができます。総じて言えば私立の中高一貫校・県立トップ校の上位層の生徒は社会問題に対する意識が高く、ただ点を取るための勉強に終始することはない。それが3年後に大きな影響を及ぼすことになります。
 では、受験少年院ではこういった点についてどのような教育が施されるのでしょうか。結論から言えば学力レベルもワンランク下がるのですが、意識と言う点では2~3ランク下ということになります。上述した土浦一高や岡崎高校の英語の様に授業でやっていないものを定期考査に出題した場合、試験日の放課後から職員室に保護者のクレームの電話で回線がパンクします。7年ほど前、本校の同僚がそのようなことをやったのですが、まさかここまでクレームが来るとは想像していませんでした。また、城山三郎や司馬遼太郎の小説、岩波ジュニア新書などについて紹介すると、「テストに出るんですか?レポート点とか付くんですか?」と言ったようなうんざりするような質問が相次ぎます。私は受験少年院に来てしまった生徒が可哀そうだと思っていますが、この子達の学力・意識レベルを考えれば、こちらも受験少年院にならなければならないという面も多分にあると思います。点数にこだわる教育を学校や塾で受けてきたために、論述問題のどこがポイントでだから大幅減点になるのだ、と言うことを理解させるのは大変な労力を要します。また、学校側が教員を守る意識が低いため、例えば「親からクレームが来るということは、そのこと自体が教員の資質として問題なんだ!」と校長や教頭がのたまう始末!挙句に「クレーム来るから論述問題出題するのやめてくれないか?」という教科主任。これで2020年度の新入試システムにどう対応するつもりなのか?生徒が生徒なら親も親、教師も教師、ということで受験少年院は一方的に誰かが被害者だという構図は成り立たないわけです。ただし、長時間勉強をやらされた割には自分の志望校には届かなかったという苦い思い出と俺達の母校は受験少年院だという怨嗟の想いが残ることは事実です。

公立トップ校と受験少年院の違いその1

まず最初に日比谷、西、戸山と言った東京都の進学重点校はこの話では除外させていただきます。理由は独自入試問題で受験生を選抜できるからです。所謂、公立の私立化の典型ということになります。対象とするのは岡崎、土浦第一、東葛、県立浦和、静岡、浜北、湘南…といった、一般的な県立高校入試問題で中学生を選抜し、その後3年間で東大をはじめとする多くの有名大学に進路実績を残す公立高校と、受験少年院私立の授業・教育内容はどう異なっているのか?という点についてお話ししたいと思います。
今更ですが県立高校の入試問題というのはある意味においてレベルが低いです。当たり前の話で県立トップ校を受ける中学生だけを対象にした入試ではないからです。中位校から底辺校まで偏差値70~30まで、わかりやすく言いましょう。公立中学校でクラスで成績がトップの生徒と九九もあやふやなクラス最下位の生徒が受ける試験問題だということです。20年前に教員をやり始めた時から「何故、この学校の生徒はこんなに漢字の読み書きが弱いのだろう?」というのが大きな謎でした。その謎が最近やっと解けました。甥が現在中3で静岡県の公立高校を受験予定なのですが、中学入学の時に「漢字の勉強はしっかりやっておけよ。」と中学漢字の基本編と受験編というごく一般的な2冊の漢字のテキストを買ってアマゾンで送りました。中2の正月に私の実家で甥と会った時に彼が言うには「受験編を勉強してたら先生が『その本は勉強しても意味がない』と言われた。」と言うのです。一体どういうことだろうと国語科の教員に聞いてみたところ、静岡に限らず全国の公立高校の国語の漢字の問題は「書き取りは小6の漢字まで、読み取りは中2の漢字まで」という暗黙克厳然とした決まりがあるようで、自分自身関東近辺の県立高校の国語の入試問題を調べてみると、まさしくその通りでした。近くの大手の塾に電話で問い合わせたところ、同じ答えが返ってきました。中学校も塾も入試で出ない漢字の練習に時間を割く暇があれば、出る漢字やその他英数などの科目に勉強時間を当てたいと思うのは当然でしょう。つまり、上記のそうそうたる名門校に入るにも中2の漢字までやっておけば良いということになります。但し、県立高校の入試問題は採点基準は各高校の裁量に任されているため、国語の記述問題、作文、社会の記述問題などで漢字で書くべき用語(その用語の漢字が中3レベル或いは高校レベルであったとしても)を間違えたり、平仮名で書いたりした場合は減点対象になります。
県立トップ校の中でも上位で入学する生徒はそうした点も配慮した学習をしています。県立トップ校を落ちて、受験少年院に収監される生徒は真面目ではあるが、そういう点において受験の良きアドヴァイザーに恵まれなかった残念な生徒達です。しかし、私は「残念な生徒達」では済まされない重大な問題があると思います。私立や公立の中高一貫校はもちろん、公立のトップ校に上位で入学した生徒達が高校入学時に持っているべき漢字の力、さらにそこから派生する文章読解力や記述力・論述力の基礎が身についていない状態で高校へ入学する以上、その穴埋めをするために受験少年院は厳しい宿題を課していかざるを得ないのです。

「受験少年院への収監」

受験少年院の恐怖第2回目をお送りいたします。
なぜ、中学生のお母様は受験少年院の詐欺広告に引っかかってしまうか?これはもはや心理学の分野になります。この話はテーマが大きく全部書き切ろうとすると、いささか疲れます。ですので大事なポイントを挙げていきます。

①まず受験期の母親というのは心理的平静を失っている。
 子供を愛する故でしょう、御近所や親戚に対する見栄もあるでしょう。高校進学率99.7%の今日、自分の子供が高校に行けない等ということは絶対に避けねばならない!これがお母様方の心を蝕んでいくのです。開成高校だって日大に行けない奴らは10名以上はいますよ。医学部ではなく法学部や経済学部程度でも。つまり東大合格170名と言っても合格した受験生にとっては受験はあくまで個人との戦いであり、開成高校出身だからと言って東大受験で下駄を履かせてくれるわけではないのです。一方、長野や群馬のような田舎からでも東大にコンスタントに数年に1名ほど出している高校はあるのです。週刊朝日の被害者と言っていいのでしょうか、なるべく有名大学に多く合格者を出している高校に我が息子・娘を入れてあげたい!もはやこれは「血の叫び」なのです。
②私立高校は大学進学実績の広報を効率よく、的確に行っている。
  東大〇名合格!と垂れ幕が本校にもかけられていますが、何学部(東大の場合文科〇類、理科〇類、と書かれることはありません。医学部に相当する理科3類は別ですが、東大であればどこの科類に入ろうがどうでもいいのです。「東大にうちはあなたのお子様を3年後必ず入れて見せますよ!!」この催眠効果は凄い!後後考えれば騙されたと思うことがわかっていても、『うちのマサルももしかしてここなら…東大に…』マサル君はおそらく県立の一番手校に入っても、地元の国公立にしか行けないというようなことを中学校の先生や塾の先生と面談で話したのでしょう。そこで塾の教師や中学校の先生が言うのです、「しかしお母さん、マサル君にも無限の可能性があります。県立では伸び悩むかもしれませんが、私立の〇△高校なら面倒見がよいので彼の潜在能力を思いっきり引き出してくれるかもしれません。」
 無限の可能性・・・美しい響きを持つ教育界最大のキャッチフレーズです。この時点でお母様はもう県立より学費が何十倍も高くても面倒見のよい私立に行かせようと8割方決めてしまったようなものです。
③面倒見の良さ、個性を伸ばす教育、教育界と霊感商法の手口は似ています。実体のない美辞麗句を相手が動揺しているときに一気に畳みかけるのです。子を思うお年寄りと、受験生の母親の心理状態はほとんど一緒なのです。幸せになりたい、不幸にさせたくない、恥をかきたくない・・・こうした心の隙間に塾+公立中学の教師+私立高校の入試広報担当教師はしっかりとタッグを組んで、マサル君を受験少年院に収監することに成功します。
先日、私の自宅で卒業祝いの食事会に来た生徒達も、10月まで県立一本鎗だった母ちゃんが11月半ばから突然私立も考えなさいと言い始めたと言っていました。
 では、その私立高校では一体どういう教育がなされるのでしょうか?県立のトップ校と教育内容の何が違うのでしょうか?この点はまた次回にお話ししたいと考えます。

受験少年院~新興私立進学校の功罪

 皆さん、こんにちは!私は東京の私立高校で地歴公民の教鞭をとっている藤堂丈太郎と言います。


今日から、日本の教育に関して、現場の一教員として考える疑問や問題点について書いていこうと思います。


かなり教え子の数も増えました。卒業生からの情報も仕入れながら、中学・高校・大学・就活・予備校など多岐にわたって書いていこうと思います。


また、教科柄、現在の日本や世界の社会制度の問題点などについても、一高校教員の立場からお話しする機会があれば書きたいと思っています。

 
さて、「こんな学校に行ってはいけない!」の第1回目のテーマは『受験少年院~新興私立進学校の功罪~』です。


実はこの春卒業した生徒達からの、圧倒的に取り上げてもらいたいテーマランキング第1位のテーマです。つまり、私が勤めている学校などが、通称、「受験少年院」と呼ばれる学校なのです。



 受験少年院とは、東京・神奈川・埼玉・千葉以外の関東圏(静岡・山梨も含む)に多く見られる私立学校で、経営上教育本来の目的である生徒の人格形成よりも、有名大学への進路実績に重点を置く学校のことです。


北関東3県+静岡+山梨+新潟の私立によくある学校です。


このような県では昔から現在でも県立高校が優位な状況にあり、私立は県立を落ちた生徒の受け皿校としての意義を持ちます。



しかし、少子化の現在、いつまでも県立の落ちこぼればかり集めていても進学実績を伸ばせないため、私立の特色として次の様なセールストークを用いて優秀な中学生を獲得しようと試みます。



「本校は高い授業料を頂く以上、塾や予備校に一切行かなくても一流大学への合格を保証します!」



 結論から言えば、そして冷静に日本の受験システムを考えればこの言葉はマルチ商法や新興宗教の勧誘に近い嘘なのですが、田舎の中学生や親には効き目があるんですね~。


予備校に行かなくても一流大学への進学を保証するということは、ただでさえ県立を落ちたその地域の2番手の学力集団が入学しているわけですから、正規の授業だけでは足りないということになり、放課後の補習授業や22時近くまでの個別指導の形態をとった膨大な演習課題を生徒達に強制することになります。




当然土日も自主的な学習会という名目で半強制的な登校と学習が強制されることになります。



もうお判りだと思いますが、学校での拘束時間が異常に長く、生徒達が自分で考える勉強が不可能な学校、土日祝祭日、長期休暇その全てを学校に一元管理された、受験知識強制注入型学校のことを教育界では「受験少年院」と呼ぶのです。



そこでは生徒は受刑者であり、教師は看守という構図が成立します。



「あ、うちの子供はそういう学校には行かせませんから」と仰っているそこのお母様、



日本の私学はごく一部の超一流伝統校を除き大なり小なり「受験少年院」的な要素を持っており、少子化がさらに進むこれから、受験少年院は更に増えることになります。


そして最も重要なポイントは「受験少年院」は中学生に対する募集要項・学校案内では必ず「本校は生徒の自主性を尊重し、生徒の個性を伸ばします‼」



と必ず書いており、その虚偽広告を中学生の親は見抜けないということです。



何故、あなたは見抜けないのでしょう?次回はこの点にメスを入れたいと思います。
プロフィール

藤堂丈太郎

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